倉敷市の矯正歯科専門医院/インビザライン(マウスピース矯正)

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どうか、苦しみのない世界へ

妻 季子が
今朝 亡くなりました
10:30です
季子は4年半前に乳がんを患いました
乳がんになった後は
歯科医師としての仕事から距離を置き
朋宏と爽介の子育て
食事療法を中心とした
治療で 元気に活動していました
がん患者さんの集いをサポートしたり
困難な状況にあるがん患者さんの為に
季子は持ち前の明るさと頑張りで活動していました
克服したかに 思われました
乳がんになってから毎年 お伊勢参り 冬はスキー 2年前には 長男と2人で小笠原諸島に旅行 しました
家族で 密度の濃い時間を過ごしました
体調に変化があったのは今年の春でした
強いストレスをきっかけとして 舌の痺れが出現しました
帯状疱疹だと判明するまで 時間がかかりました
時間が経っていたため 抗ウイルス薬は あまり効果的ではありませんでした
夏に肺炎を患いましたが 克服して元気になり 舌の麻痺も徐々に改善して来ました
10月になり 突然激しい頭頚部の痛みが出現 舌の麻痺が再び酷くなりました
液体しか飲み込めず
声帯が麻痺して
体重が目に見えて落ちて行きました
それからは筆談でした
脳頭蓋底の腫瘍が判明
腫瘍が延髄 を圧迫し
 頚椎を吸収していました
完治の可能性はありませんが 痛みの緩和を目的に放射線治療を10月16日から入院して開始
痛みの緩和のために 麻薬系の鎮痛剤を使いながら 過ごしました
季子は放射線治療を受ける事に抵抗がありましたが
少しでも子どもたちのために 時間が欲しかったのです
しかしながら
本当に 季子のためになっていたのか
却って 季子に惨い事を強いて しまったのか
望み通り 何もしなかった方が 季子は幸せだったのか
僕には分かりません
最期の思い出は
病院から一時帰宅して行った
バルーンフェスティバルでした
病院から止められましたが 「明日死んでも後悔しない」と言われ
家族4人で
熱気球の体験搭乗をしました
4月から 倉敷に引っ越し予定で 次男の入園手続きのため
知らせを聞いたのは倉敷でした
最期まで
意識ははっきりとあり
今朝の2時に 季子から
だいすき
ごめんなさい
ゆっくり帰っておいで
というメールを受信しました
それが 季子からの最期の言葉となりました
季子は悟っていたのでしょう
今まで
たくさんの愛情を
季子に頂き
本当にありがとうございました
ありがとうございました


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